追憶の予備校(抜群の武蔵)
[2025.07.15]
高校を卒業後、大学受験に失敗して上京、予備校の寮住まいとなった。山手線大塚駅北口の武蔵予備校の寮である。運よく5~6?階の個室(と言っても3畳程度でベッドと小机で一杯になり、窓を開けると駅前のビアガーデンの生バンドの演奏がドップラー効果とともに聞こえてくる環境)が当たり、予備校生生活が始まった。西向き窓なのだが、風通しが良く蚊もいないので、不思議に夏の不快な印象はない。しかし窓を開けていると本来名曲のイーグルスのホテルカリフォルニアやもんたよしのりさんのダンシングオールナイトなどを微妙にずれた音程で聞かされまくり、ちょっとしたトラウマとなった次第。朝と夕食は予備校近くのキッチンなんとかのおじさんが作ってくれる食事を頂けた。風呂は巣鴨商店街との途中にある銭湯を利用した。駅まで歩いて数分。全国から寮生が来ており、隣は熊本出身の彼で名前は忘れたが少女漫画のリボンとオフコースのファンだった。他にも秋田、新潟、福島と周りは不思議に東北出身が多かった。今ならSNSを交換して交流もあったろうに、時代である。休日には広尾の叔母さん宅にお邪魔して、神宮外苑往復のジョッギングを楽しんだが、ランニングコースに順心女子学園という女子高があり、何故か暇な子たちが窓から「がんばれ~」とか声を開けてくれて舞い上がってしまった。予備校生活は質の良い(エラそう)先生方のおかげでなかなか充実していたが、山手線上というのはとにかく誘惑が多い。当時は「ぴあ」という情報誌が出てきたばかりで、映画から音楽等々なんでもござれだった。映画はまだ名画座が散らばっていましたし、コンサートも程よいサイズのところが多かった(中野サンプラザ、新宿厚生年金会館、芝の郵便貯金ホールなど)。ソニーロリンズ、ラリーコリエル、ロイ ブキャナンと今思えば行っといてよかった!というレジェンドですが、これらの誘惑と浪人生活とのバランスをどうとって行くかが最後まで大きな課題になったわけであります。以上。
